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2010年8月

賀川浩さん殿堂入り

2010/08/24(火)

Football Japan2008年の春に開設された目的のひとつは、日本サッカーアーカイブへの誘導機能である。JFAにも認められたアーカイブにおいて、私は伝説的なスポーツライターである賀川浩さんをサポートするという光栄に浴することになった。まだまだその作業は途上にあるが、アーカイブでは年表で1912年以来のこの国における世界的なスポーツの発展を海外での出来事とともに掲載し、また日本サッカー殿堂入りするにふさわしい貢献と業績を残した功労者たちを紹介している。

 

今週の火曜日、日本サッカー協会はその賀川浩自身が、60年間におよぶ最も尊敬される日本サッカー記者としての功績を認められ、第7回の掲額者に選ばれたことを発表した。

 

1924年に兵庫県で生まれ、高校、大学でプレーした後、1950年代前半には大阪クラブで天皇杯決勝に2度出場。その後サッカーへの情熱を文字にして伝えることに興味は向けられ、1952年に産經新聞に入社し、1974年から10年後の退社まではサンケイスポーツの局長をつとめた。60歳という年齢は何の妨げにもならず、フリーランスライターとして活躍し、サッカーマガジンFootball Japan(運営会社である株式会社シックスの会長でもある)をはじめとする多くの出版物で執筆した。85歳になった今も、サッカーと仕事に対する愛情は衰えず、今年の南アフリカ大会では腰のトラブルのために1974年以来続けてきた現地取材を逃すことになかったが、2014年のブラジルにはチャーター機を用意してでも行きたいと言う決意を語ってくれた。

 

賀川さんの輝かしい経歴は執筆活動に留まらない。1964年の東京オリンピックに際しては大阪トーナメント開催にかかわり、1970年の神戸FC設立のメンバーとなり、長年にわたって関西サッカー協会の役員を務めた。今回の選出は、2006年に選出された実兄である元日本代表の故・賀川太郎に続く栄誉でもある。

 

賀川さんの、まさにこの業績にふさわしい選出に私は心からのお祝いを申し上げたい。この2年半、賀川さんと仕事、プライベートで接することができたのは大いなる喜びだ。いつも温かさ、品位、謙虚さを感じさせる賀川さんは、周囲の誰からも最高の尊敬を集めている。私はこれからも長きにわたり共に働きたいと思うし、何よりも彼が自分自身について日本サッカーアーカイブに執筆する原稿を楽しみにしている!

 

Many, many congratulations, Kagawa-san.

 

Photo_kagawa1

 

 

関連リンク:

日本サッカー殿堂

日本サッカアーカイブ

賀川浩片言隻句

英・ガーディアン紙 (賀川さんのW杯前の言葉について)

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カイザー・チーフスのファンクラブ地域会長、ナイロン・ンファヒレレ氏にインタビュー

2010/08/05(木)

先月、南アフリカ・ヨハネスブルクでFootball Japan Minutecast特別シリーズを取材した。4回目では、同国のもっとも人気あるクラブサッカーチームである、カイザー・チーフスのファンクラブ地域会長、ナイロン・ンファヒレレ氏にインタビューを行った。2010ワールドカップ決勝戦の数日前、ンファヒレレ氏は母国でW杯を観た体験、海外からやってきたサポーターに売ろうとした南アフリカ料理、そしてワールドカップによって同国のプレミアサッカーリーグがどう変わっていくかについて話して下さった。

 

 

南アフリカ国内サッカーの著名なサポーターとして、母国でW杯が開催されたことは、大きな意味があったでしょう。

 

大変恵まれていますよ。自分の母国でW杯が観られる機会なんて、ものすごく大きいですね。南アフリカだけではなく、アフリカ全体としてこのような大きなスポーツ大会を開催するのは初めてなので、嬉しくてたまりません。本当に楽しかったです。私自身はFNBスタジアム(サッカー・シティ)でアルゼンチン対メキシコの1試合を生観戦することができました。アルゼンチンが3対1で勝利し、素晴らしい試合でした。

 

ヨハネスブルクのエリス・パーク・スタジアムでは、ンファヒレレ氏はW杯試合開催時にステーキやボーアウォースといった、南アフリカ料理を屋台で売りましたね。世界中から色々なお客さんがやってきたと思いますが、如何でしたか?

 

各国の様々な方がどのようものを食べたいかを見て学ぶことができたので、大変有意義な経験でした。但し、残念ながらあまり儲かりませんでした。何故なら、私たちにとって海外の方に販売するのは初めてだったので、やはり難しいところも当然あるからですね。手元にある物と売れそうな物を頑張って売ろうとするしかないでしょう。そして、多くの方が私たちの作っていた料理を見に来たりしてくれました。写真まで撮った方もいて、南アフリカの食文化で主食として食べるパプなど、地元の料理について色々と聞かれました。その中で、是非味わってみたいという方もいれば、知らないものが怖くて「結構です」と食べずに帰ってしまった方もいました。それでも、とにかく楽しかったです。

 

ンファヒレレ氏たちの屋台は実際にスタジアム構内ではなく、外の少し離れた場所だったにもかかわらず、FIFAの指示に従って値段を設定しなければならなかったと聞きました。本当の話ですか?

 

そうですよ。ボーアウォースとパンであれ、ステーキとパプであれ、必ずFIFAの標準価格で販売する必要があり、絶対にそれより高い値段、或いは安い値段も設定してはいけないと言われました。しかし、FIFAの利益の問題というより、海外からお越しのお客さんならきっとお金持ちだろうという考えから、屋台の所有者が値段を4、5倍に上げてしまう懸念がありました。よって、FIFAが標準価格を定めたのは、このようなぼったくりを避ける対策だったと思います。

 

では、ピッチ上のことに戻りますが、今回のW杯開催は今後プレミアサッカーリーグなど、国内サッカーにどのような影響を与えるでしょうか?

 

もちろん、W杯では世界トップレベルのサッカーを1ヶ月見せてもらってきたので、国内リーグが再開したらまた全然違うサッカーに戻ってしまいますね。特に、南アフリカのサッカーは欧州のスタイルとは大きく異なっています。プレミアサッカーリーグではプレーの展開が遅く、選手がボールを持ってぐずぐずして、ヨーロッパ人選手のように早くパスを回すこともできません。これまでと同じコーチや選手でやっていく限り、サッカーの内容はあまり変わらないと思います。しかし、W杯を母国で見られたことから、南アフリカの選手たちにとっても学ぶことが多かったでしょうので、それを「自分も上達したい!」というきっかけにしてもらえれば良いですね。

 

最後に、サポーターは如何でしょうか?W杯期間中は南アフリカの国民が一体となってバファナバファナを熱く応援しましたが、その勢いで国内リーグのサポーターも増えると思いますか?

 

まあ、私の意見では、もしW杯の次はマンチェスタユナイテッドがすぐに、例えば決勝戦の2日後にやってきて頂ければ、相手にもかかわらず、その親善試合が観たいという人はものすごく多いと思います。しかし、インド系の南アフリカ人を中心に、南アフリカに住みながら国内のクラブよりマンチェスターユナイテッドのほうが好きな人が過半数で、非常に悔しく思います。地元のサッカーを全く応援してくれないのです。W杯前からプレミアサッカーリーグを見ていたサポーターは当然、今後も見るに違いないですが、これから地元のチームも新しく応援する人は少ないかもしれません。W杯が終わってから、様子を見るしかないですね。

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