2010ワールドカップ準決勝第一試合の前日・7月5日、ヨハネスブルグのインディペンデント映画館「The Bioscope」で『奇蹟のイレブン』を観賞させて頂き、同作品のダニエル・ゴードン監督とお話する機会を得た。既にFootball Japan Minutecastでもご紹介しているように、ゴードン監督には北朝鮮サッカー、映画で追った1966W杯の代表メンバーとそのアジアに対する気持ち、そして同監督の新作(テーマが今年のW杯決勝戦の一日)について語って頂いた。
『奇跡のイレブン』には、朴斗翼(パク・ドゥイク)選手とそのチームメイトが金日成の像の前に立ち、1966年にいわゆる「偉大なる領導者」から頂いた言葉を思い出すシーンがあります。「アフリカ・アジア地域の代表として、1、2勝を挙げてきてくれ。」 この映画の撮影時、選手達から他に日本や韓国、中国など、アジアについて何かお話を聞いたこともありますか?
彼らは実際に行ったりした経験があまりないので、異国のことは概念的に話すくらいです。代表戦で何回かマレーシアやタイに行った選手がおり、インドでも試合をしたそうです。そして、キューバでプレーした選手ももちろんいました。しかし、外の世界に関する知識が非常に乏しいです。『ヒョンスンの放課後』という、北朝鮮のマスゲームに参加した2人の少女を負った作品も撮りましたが、あの女の子にアメリカについて聞いてみました。その答えは、「アメリカって…何?」と。アメリカはただの概念のようで、地図上のどこにあるか分かっていません。机の上に地球儀が置いてありましたが、綺麗な飾り物だから市場で買ったそうです。
日本生まれの在日北朝鮮人の場合でも、日本にある朝鮮学校で育ち、偉大なる領導者の偉業について勉強しますね。我が社は北朝鮮で合わせて3つの映画作品を撮り、その販売権を日本の映画会社にもかなり高い金額で売ることができましたが、第3作の『クロッシング・ザ・ライン』が日本ではまだ一切公開していません。何故なら、内容が日本にしては際ど過ぎるからだと言います。この映画会社が『奇跡のイレブン』を公開したときには、同社の映画館をボイコットするぞというクレームが殺到しました。『ヒョンスンの放課後』も同じような騒ぎになったらまずいので、日本のテレビ局に公開権(とクレームの負担!)を転売することになりました。因みに、この映画会社の社長は自らが在日北朝鮮人なので、身近な問題でもありました。何かネガティブなことがあれば、会社の営業に影響が大変だったからです。
第3作の『クロッシング・ザ・ライン』は、1960年代に4人のアメリカ人が米軍から脱走して北朝鮮に亡命し、「米国の悪者」役でプロパガンダ映画にも主演した話のドキュメンタリーですが、これを在日北朝鮮人の社長に見せたとき、「このプロパガンダ映画大好き!子供のときに何回も見たからすごく懐かしい!」と笑いました。本当はすごく演技過剰で、とんでもないプロパガンダですが、社長はやはり場所が日本とは言え、朝鮮学校に通うと、そのような環境で育つわけだと言いました。個人的に、私は北朝鮮に巡礼する在日北朝鮮人たちを観察したこともありますが、彼らはもちろん一般の北朝鮮人とは見た目が全く違うと言いながら、一方で日本では、一般の日本人とは違うとも感じるでしょうね。
今年の北朝鮮代表のW杯メンバーの中にも、お馴染みの鄭大世と安英学という、日本生まれ日本育ちの在日北朝鮮人が2人いました。鄭大世は特に、朝鮮学校で育ち、北朝鮮に対して愛国心が強いようですが、それと同時に日本の音楽を普通に聞いたり、ハマーを運転したり、日本のテレビ番組に出て(当時所属の川崎フロンターレ)チームメイトと笑ったりします。欧米人にとって、興味深い選手でしょうね。
そうですね。今は鄭大世と言えば、W杯の国歌に号泣した北朝鮮代表選手として世界中に知られています。彼もやはり日本生まれ日本育ちとは言え、完全に北朝鮮のシステムで育ったのですね。
あるとき、「北朝鮮に住む機会があれば、実際に行くのか?」と友人に聞かれましたが、鄭大世は「う~んと…」と声が小さくなったそうです。日本では豊かな生活ができているので、難しい葛藤でしょうね。
私は北京駐在の北朝鮮外交官の知り合いがいますが、彼らもやはり同じ気持ちです。もちろん、サッカー選手のようにお金持ちではなく、真に自由とは言えないでしょうが、とにかく平壌と比べては自由な生活ができるからです。しかし、彼らにとっても、イギリスにお越しになって案内をさせて頂いた1966年のW杯代表メンバーにとっても、北朝鮮がやはりホームだ、という気持ちもまだ強いです。私は以前、脱北者の知り合いに平壌の写真を見せてみたことがあります。北朝鮮の政府やシステムがあまりにも嫌で脱出までした彼ですが、平壌の写真を見たり、私も馴染みの店や道のことを話したりすると、涙が出ました。今でも平壌が故郷という気持ちが相変わらず強く、感動するのです。
さて、今回南アフリカで撮影中の作品ですが、内容は決勝戦の日のみでしょうか?
その通りです。当日の準備なども撮影しますが、準決勝やそれまでの試合映像を使うつもりはありません。チームの他、スタジアムの準備などもポイントなので、地元の面白い関係者にインタビューしたりもしたいと思います。実は今日、スタジアム建設の成功の見返りに決勝戦チケットをもらった、建設作業員をやっと見つけ出したところです。
W杯決勝戦の1日に焦点を合わせる、舞台裏のドキュメンタリーなのですが、やはり準決勝が終わるまで出場チームが決まらないため、選手やコーチ陣にどこまでご協力を頂けるかはまだ分かりません。しかし、FIFAの大物には既にインタビューのお願いをしておきましたから、決勝戦が彼らにとって何を意味するのかについて話して頂くことになっています。そして、デズモンド・ツツ大主教とのインタビューもほぼ決定的ですし、それをはじめとして、南アフリカやアフリカ全体を代表する人物をできるだけ1日追ってみたいと思います。さらに、ネルソン・マンデラ元大統領についても何とかなる可能性はありますが、それも正直、2分前にならないと分からないでしょう。とにかく、小さなアイデアがたくさんあります。審判陣の決勝戦のストーリーも語れるように、そのご協力を頂くことになっています。
ゼップ・ブラッター会長のストーリーは?
頑張っています!
* このインタビューを行った数日後、鄭大世は川崎フロンターレからブンデスリーガ2部のVfLボーフムに移籍し、Jリーグを去ることが明らかになった。
このインタビューの機会を用意して頂いた、「The Bioscope」映画館のダリル・エルス氏とラッセル・グラント氏に感謝の意を表したいと思います。誠にありがとうございました。これからのご活躍をお祈りしております。
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