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スポーツ・イン・ジャパニーズ

2010/02/02(火)

50音図の制限もあり、分かりにくくなる場合も少なくないだろうが、日本語の語彙借用はとどまるところを知らない。一昨日、イギリス人選手のアンディー・マレーが出ていた全豪オープンテニスの男子シングルス決勝戦を観ようと思い、いつもの癖で選ぶ副音声はなかったが、それでも結局、テニスは英語でしか通じないようである。マレー選手は残念ながらストレート負けしてしまったが、一回だけ有利な立場を得ると、日本の解説者の言葉によれば「ファイブ・ゲームス・トゥ・スリー、サービング・フォー・ザ・セット」だった。すごくテニス好きではなければ、一般の日本人は本当に分かるのか、とふと思った。

 

これは恐らく極端な例ではあり、ある文化が海外に広がっていくにつれ、多少の言葉も輸出されるのも当然である。例えば、柔道や空手など、日本を発祥の地とする武道の名前は英語でも訳せず「judo」や「karate」と言い、karateka(空手家)やjudoka(柔道家)がdojo(道場)で身に付ける、様々なkihon(基本)、kata(型)、waza(技)もいずれそのままである。現代日本にナイトクラブやハンバーガーが浸透しているのと同じように、今や欧米人もカラオケやスシの喜びを味わえる時代である。

 

日本のサッカー(soccer:イギリス人としてfootballと呼びたいが、英米の議論はここでは省略する)はもちろん、平成時代になって本格的に普及してきた背景もあり、英語から転訛したカタカナ語が特に目立つ。大会はリーグ(league)であれカップ(cup)であれ、試合がいずれキックオフ(kick-off)から始まる。そこで、ミッドフィルダー(midfielder)はペナルティー・エリア(penalty area)付近で待つフォワード(forward)にスルー・パス(through pass)やアーリー・クロス(early cross)を出し、オフサイド(offside)の判定がなければ、可能性がおよそ3つある。つまり、チームメート(teammate)がシュート(shoot)を打つこと、ディフェンダー(defender)がブロック(block)してコーナー・キック(corner kick)を与えること、或いは相手がクリアー(clear)してカウンター・アタック(counter attack)に転じること。万が一、何か失敗することがあれば、味方サポーター(supporters)からブーイング(booing)されるリスクがあることも、言うまでもない。

 

ポルトガル語のボランチ(volante:英語では「defensive midfielder」という)やセリエAらしい応援歌など、第三の言葉に由来する例外も確かに存在するが、日本語の証拠に基づいて、英語とサッカーが全世界に通じるという考え方はやはり現実からそれほど乖離していないかもしれない。しかし、英語があまり良く分からない日本人によって(若しくは、そのために)作られた、いわゆる和製英語も加わると、これはかなり複雑な世界になってしまう。例えば、ヘッディングと「heading」は語彙的意味が全く同じだろうが、英語ではこれはあくまでも「to head」という動詞の現在分詞であり、名詞化すると「header」になる。よって、「ヘッディングする」はネイティブには少しおかしく聞こえ、「ヘッディング・シュート」はなおさら違和感がある(英語では「シュート」を特定せず、同じ「to head」を使うのが一般的であるが、「to head at goal」(動)や「header on goal」(名)なども考えられる)。日本語の「ミドル・シュート」は完全な造語で英語に相当する表現がない(「to shoot from outside the area」や「to shoot from 25 yards」という)ので、私はものすごく変な言い方なのか、ものすごく便利な言い方なのか決められない一方、「ハンド」の判定を聞くと、元々の「handball」から忘れられたボールがちょっと可哀想に思う。

 

言葉は確かに生き物というが、近年のサッカー界やビジネス界では単語を勝手に借用し、バズワードのように使うこともよくありがちな現象になっている中、どこまで続いていくのだろうか。とにかく、日常会話やサッカー用語はまだテニスのレベルまで乱れていないのは有り難いが、逆に考えれば、やはり乱れが生じると、恩恵を受ける人も必ずいるだろう。このコラムを毎週わざわざ日本語へ訳するのではなく、簡単にジャパニーズ・バージョン・オブ・マイ・コラムを作れば良いのであれば、私の仕事はだいぶ楽になる。

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