大阪の現況: ①その課題
2009年のJリーグ日程が6日に発表され、各地のサポーターや関係者は開幕戦などを調べたり新シーズンに向けてドキドキしはじめているところである。しかし、大阪のサッカーファンにとっては、物足りない気持ちが続く。何故なら、セレッソ大阪は昨年、惜しくも4位で終了し昇格を逃したため、ガンバとの大阪ダービーは今年も復活しなかったからである。確かに、日本で最も注目を浴びる一戦とは言えないだろうが、このダービーはガンバが2006年9月に3対1で勝利して以来、公式戦で3シーズンも日程から消えているということは、両クラブのサポーターにとって情けない状況である。
Jリーグが創設直後、急に拡大したということは、野球が盛んな関西地方では理想的ではなく、むしろ様々な問題を引き起こしたのに違いない。オリジナル10の1つだったガンバに加え、ヤンマーが尼崎から引っ越しセレッソを立ち上げ、1995年からJリーグに加盟した。それから、京都にパープルサンガ(現:京都サンガ)、日本サッカーの発祥地とも言える神戸にヴィッセルも次々と発足し、それぞれ1996年と1997年からJリーグの出場権を獲得した。つまり、ガンバはJリーグのブームのときに唯一の関西代表から、1990年代後半の低迷の頃に3つのライバルと顧客獲得争いを繰り広げるようになってしまい、平均観客動員数も僅か5年でピークの22,367人(1994年)から7,996人(1999年)まで減少した。
もちろん、人々が大きな誇りを持っている、「大阪」という名前に対する独占権を失ったことも大きいだろう。プロサッカーを日本の社会に新しく紹介するにあたり、サッカーの社会学における不可欠な要素であるアイデンティティを狙いとしたJリーグの「ホームタウン」制と「百年構想」が非常に賢いものだった。しかし、ガンバの所在地及びホームタウンとなった吹田市の大部分は1960年代以降に開発されたニュータウンから成り、多くの住民が第1または第2世代であるため、吹田とは強いきずなができているとは言えない。ガンバは北摂と北河内というエリア名も掲げ、宣伝や触れ合い活動の範囲を広げてきたが、やはりこの地名にも愛着があまりなく、ここの代表になろうとしてもコミュニティ感がなかなか生まれない。一方、セレッソ大阪のホームタウンは大阪市であるが、ここにもセレッソファンの数だけガンバファンも混在している限り、セレッソの町という感覚が薄い。
4年前の話であるが、私は大学の研究で万博と長居スタジアムでサポーターに対して意見調査を行い、こういった問題の結果が明らかになった。ガンバのホームタウンはどこにあるかという質問に対して、サポーターの答えにバラつきが激しく、クラブの勢力圏がやはり非常に曖昧だった。また、ほぼ8割の回答者はガンバが地域に根差していないという意見を表明し、半分以上も「サポーターを大事にしてくれない」という不満も表した。セレッソファンの意見はそこまで熱くなかったが、否定的な回答の割合は万博と同様だった。しかし、ガンバのクラブハウスでこの結果を発表させてもらったとき、フロントの方に少し軽視されたというのは、最も憂慮すべきことだった。
フロントのメンバーやスタンスが少し変わり、現在の状況は比較的良くなりつつあるが、大阪人のサッカーに対する関心はまだ気まぐれである。万博で満席の試合が確かに頻発になってきたが、これはきずなの証というよりチームの強さの影響であり、昨年は順位と共に平均観客動員数も5年ぶりに下がった。セレッソもJ2に降格した結果、観客動員数がほぼ半減してきた。関西のサッカーの未来のために、このような問題を解決していく必要があるが、まずは考え方を逆転し、むしろ潜在的なベネフィットに集中すれば良いと思う。大阪に2チームがあるというのはマイナスではなく、むしろプラスと考えるべきである。
(次回に続く)
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